
水夏弐律
「はぁ……はぁ……」木陰の上から、セミの声が漏れだしている。出来るだけ人に見つからないように、くたびれた音を出す自転車をこいできた。三十分くらいして辿り着いたのは古くさい神社の参道。馬鹿みたいに長い石段の前にある、色あせた鳥居の前だった。──この先に踏み込めば、もう後戻りはできない。のしかかるような太陽光線と鬱陶しいくらい緑色の葉っぱが、梅雨特有のむわっとした匂いを押しつけてきた。いつまでもここに立ち止まっているわけにはいかない。コイツを埋めるところを人に見られでもしたら大変だ。万が一そんなことになったら、俺は破滅といっていいだろう。それにこの気温だ。コイツだってすぐに腐ってしまう。タンパク質の塊──つまりは死体なのだから。昨日の晩のことを思い出し、くらくらとする。じりじりと五月蠅い蝉の声と喉元を伝って来た汗に、俺は現実に引き戻される。昨日の出来事は…夢ではないのだ。俺はごくりとツバを飲み込み、石段を登り始めた。